選手として、 教師として。 35歳の転換点。 池田 千尋

2020.02.13
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池田 千尋

「ストリートボール界No.1スラッシャー」と呼ばれ、長らく国内のストリートボールをリードしてきた名プレイヤーでありながら、一方では中学校教師としての顔も持つ、異色の存在がいる。3x3日本代表、ワールドツアーファイナルなど、華々しい経歴の裏側には、苦渋を味わった過去、選手そして教師としての迷いや悩み――泥臭い人生史が見え隠れする。35歳、円熟期を迎えるベテランはいま、どんな景色を見る。

さっそくですが、現役の中学教師である池田選手。教員になったきっかけは?

大学時代に、「周りがとっていたから」程度の理由で教職課程をとっていたんですが、教育実習に行ったらすごく楽しくて、「自分に合ってるかも」と感じたことが始まりです。卒業後は、ストリートボールリーグで競技活動をしながら、ろう学校の寄宿舎指導員や、中学校の非常勤講師として仕事をしていました。その後、教員免許をとって、教師として今の中学校に赴任したのが30歳のとき。今年で6年目になりますね。

今はどのように仕事をされているのでしょうか。

学校では体育教師をしながら、バスケットボール部の顧問をしています。平日は授業が終わってから部活が始まって、部活が終わったら、今度は自分のチームの練習に行く。20時ぐらいから23時ぐらいまで練習をして、家に帰って、また翌日は朝から仕事に行く。そして土日は練習か試合に出る。そんな感じです。

すごいスケジュールですね。選手と教師の両立は大変では?

それ、よく言われるんですけど、僕自身は特別なことをしている意識はないんですよね。3x3は仕事をしながら競技に参加している選手ばっかりなので、別に普通のことかなと。ただ、教師という職業柄、人から見られている感覚はすごくあります。生徒も応援してくれているので、下手なプレーはできないし、練習も人一倍努力する。注目されるぶん、競技には熱が入りますね。

池田選手のバスケットとの出会いを教えてください。

小学生の頃はずっと空手をやっていたんですが、5年生のときに漫画の「スラムダンク」が流行って、その影響で始めました。その頃は広島の江田島というところに住んでいたんですが、裸足でバスケやってました。本当に田舎で、小学生は常に裸足なんですよ(笑)。そこからバスケに夢中になって、中学に上がってからもずっとバスケをやっていました。

池田少年はどんな子どもだったんですか?

子どもの頃はケンカばっかりしていて、わりとどうしようもないやつでした(笑)。相当やんちゃだったと思います。でもバスケットを始めてから、チームスポーツというものを学んで、すごく変わりましたね。上には上がいるということを知って、謙虚さも身についた気がします。バスケやってなかったら危なかったですね(笑)。

その後のバスケットキャリアは?

中・高・大と部活バスケをやって、2005年の大学卒業と同時に、「平塚Connections」というチームが立ち上がり、そこにスカウトされました。そこから「ALLDAY」や「SOMECITY」、「LEGEND」などのストリートボールの大会やリーグに出るようになって、気がついたら15年目とかになっていた(笑)。2015年からは、3x3.EXE PREMIERにエントリーして、「GREEDYDOG.EXE」、「AGLEYMINA.EXE」を経て、今の「TACHIKAWA DICE.EXE」で活動をしています。

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池田 千尋(いけだ ちひろ)

1984年2月17日生まれ、神奈川県出身。2005年、東海大学を卒業後、ストリートボールチーム「平塚Connections」に加入し、以来14年にわたりチームの中心として活動を続ける。2013年5月、3x3男子日本代表に選出され、第1回FIBA ASIA 3x3男子バスケットボール選手権大会に出場。2017年、「TACHIKAWA DICE.EXE」に入団し、3x3.EXE PREMIER 2018シーズン優勝を果たす。181cm、75kg。

本記事は「We are 3x3」サイトに掲載されております。
https://doda.jp/sportlight/3x3/

“We are 3x3”は、新時代の生き方を体現する3x3プレイヤーを通じ、
“スポーツ”と“はたらく”の可能性を社会に広げていくためのプロジェクトです。

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