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新天地の日本で、全てを追い風に変えた思考法。Ryan Tana/TOKYO CRAYON.EXE

2021.05.18
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ニューヨーク生まれ、日系4世のアメリカ人。ライアンにとって、それは自分を構成する要素のひとつに過ぎない。語学講師、グローバルIT企業の社員、「TOKYO CRAYON.EXE」の選手など、日本でさまざまな経験をするなかで、そのアイデンティティは型にはまらず柔軟に変化し続けてきた。自身の可能性を無限に広げていくために大切にしてきたことについて、語ってもらった。

―ライアンさんはとても流暢に日本語をお話しされますが、日本で暮らし始めたのはいつですか?
22歳からです。それまで日本を訪れたことは1度くらいしかありません。生まれはニューヨークですが、大学まではサンフランシスコで生活していました。大学はニューヨーク大学へ進学し、そこで初めて日本語を2年間学びました。バスケットボールは、父の影響で3歳の頃から大好き。マイケル・ジョーダンがテレビに映ると画面にキスをするくらいファンでしたよ!大学までずっとプレーしていました。

―学生時代は、どれくらいバスケットボールに力を入れていましたか?
10代の頃はNBAも夢に見ていたので、高校はプロアスリートを多数輩出する強豪校へ進学しました。リーグのレベルが非常に高く、現在NBAで活躍する選手も出場していましたが、高校最後の年には準優勝を果たすことができました。練習は厳しかったですが、いろんなポジションをこなし、キャプテンも担い、多くのことを学べましたね。大学は、バスケットボールでスカウトを受けていないニューヨーク大学を選んだため、最初はトライアウトから始めることになりました。1年目の年間試合出場時間はわずか3分でしたが、徐々に実力を認められるようになり、2年目でスターティングメンバー、3年目にはキャプテンへと就任しました。3年生のときにはNCAA(全米大学体育協会)男子バスケットボールトーナメントに出場し、2回戦まで勝ち抜きましたよ。ここでの成功経験は、僕にますます大きな自信を与えてくれました。

―バスケットボールで華々しい実績を残して大学を卒業し、その直後に来日されたのですね。それはどのような理由からですか。
就活をしているときに「卒業後は、今まで行ったことのない場所で新しいことにチャレンジしたい」と考え、海外での生活に興味を持ちました。そこで選んだ行先が日本です。僕は日系アメリカ人で、自分のルーツがある日本という国についてもっと知りたいと思っていたから、日本以外の選択肢はありませんでした。僕が生まれる前に亡くなってしまった日本の祖父母とも、日本での生活を通してつながりを感じられるんじゃないかという思いもありましたね。もし、日本語が話せるようになった僕を見たら、すごく喜んでくれただろうと想像していました。そうして、JETプログラム(外国青年招致事業)に応募したんです。

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ライアン・タナ(Ryan Tana)
1992年4月13日生まれ、USA・ニューヨーク出身。ニューヨーク大学を卒業後に来日。2014年から神戸の5人制バスケットボールチーム「BUBBLES」にジョイン。2016年に3x3.EXE PREMIER「TOKYO CRAYON.EXE」へ入団。 2020年10月には「3x3.EXE PREMIER JAPAN 2020 CUP powered by Sun Chlorella」で優勝し、11月開催の世界大会「FIBA 3x3 World Tour Doha Masters」にも出場を果たす。190cm、90kg。

本記事は「We are 3x3」サイトに掲載されております。
https://doda.jp/sportlight/3x3/

“We are 3x3”は、新時代の生き方を体現する3x3プレイヤーを通じ、
“スポーツ”と“はたらく”の可能性を社会に広げていくためのプロジェクトです。

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