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選手から経営者へ。好奇心が見つけた新世界。仲摩匠平/3STORM HIROSHIMA.EXE

2021.04.27
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2018年、広島県初の3人制プロバスケットボールチーム「3 STORM HIROSIMA.EXE(スリストム広島)」が立ち上がった。チームオーナーであり運営会社の代表取締役である仲摩匠平は、プロアスリートから転身し、スポーツビジネスの門を叩いた。3人制への転向、独立、そして直面したコロナ禍――。「原動力は好奇心」と言い切る男が、激しい変化の渦中で見出したものはなにか。独自の感性と発信力でインフルエンサーとしても注目を集める若き経営者の姿に迫った。

―Bリーグでも活躍された仲摩さんですが、どういったきっかけでバスケットを始められたのでしょうか。
子どもの頃、父親がコーチをしていたミニバスのチームで兄二人がプレーしていて、兄たちの影響を受けて小学4年からバスケを始めました。もともと両親がバスケ選手だったこともあり、生活のなかに当たり前にバスケットボールがあった感じですね。年子でずっと競い合っていた兄たちに憧れていたんですが、僕は小学6年の運動会リレーで女の子に抜かれていたぐらい運動がだめで、「三男はダメだな」って言われていました(笑)。

―まさにバスケット一家ですね。後にお兄さんの仲摩純平さんとご兄弟でプロキャリアを歩まれるわけですが、学生時代からプロを目指してプレーされていたのでしょうか?
高校ではインターハイやウインターカップを経験し、大学では関西選抜にも選ばれていましたが、プロを目指そうとまでは決心がついていなくて、大学4年時点では普通に就職活動をしていました。そんな当時、次男の純平がプロとしてbjリーグでプレーしていて、初めて試合を観に行ったんです。有明コロシアムの会場に入った瞬間、派手な照明と音楽、満員の観客が目に飛び込んできて、それが体育館の部活バスケしか知らなかった自分にとって衝撃的な光景でした。1万人の観客が歓声をあげるなか、自分の兄がそこでプレーしている。それを見て、「自分もこの舞台でやりたい!」と思ったんです。就職活動もうまくいっていなかった時期だったし、今思えば兄への嫉妬心もあったと思います。その日がきっかけで、プロに挑戦しようと決心しました。

―プロを目指すことを決め、そこからどう行動されたのでしょうか。
まずは自分の力試しも兼ねて、人づての紹介でIBL(米独立リーグ)に参加している「ニッポン・トルネード」という日本人チームに入って、アメリカで数カ月間プレーしました。そこで生まれて初めて外国人選手と戦って、手の長さもジャンプ力もまるで違う相手に圧倒されながらも、自分の知らない世界に出会えたことにワクワクしたことを覚えています。その後、日本に帰国してから「島根スサノオマジック」のトライアウトを受けて合格し、正式にプロとして契約していただけることになりました。

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仲摩 匠平(なかま しょうへい)
1986年10月5日生まれ、広島県出身。美鈴が丘高校、大阪商業大学卒業後、2009年に渡米し、IBL(米独立リーグ)の日本人チーム「ニッポン・トルネード」でプレー。2010年、トライアウトを経てbjリーグ「島根スサノオマジック」に入団。2011年3月、練習中に左目に網膜剥離を起こし手術を受ける。2014年、NBL「広島ドラゴンフライズ」と契約し、3シーズンにわたりプレー。2018年、広島県初の3人制プロバスケットボールチーム「3 STORM HIROSIMA.EXE(スリストム広島)」を立ち上げ、3x3.EXE PREMIERに参戦。現在、株式会社スリストム 代表取締役社長として活動中。

本記事は「We are 3x3」サイトに掲載されております。
https://doda.jp/sportlight/3x3/

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“スポーツ”と“はたらく”の可能性を社会に広げていくためのプロジェクトです。

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