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突き進む人生。 とにかく前向きに。 矢上 若菜/BEEFMAN.EXE

2020.09.23
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2020年5月。BEEFMAN.EXEに、実業団チームで幾度も全国を制した実力派シューターが加入した。19年間続けた5人制バスケットボールをすっぱりと引退し、東京へ進出。それと同時に転職も果たし、新たな人生を歩み始めたばかりだ。仕事についても3x3についても、ひたすら楽しそうに語る彼女は、たしかな意思を持ち、目標へ向かって突き進む人だった。

-まずはバスケットボールを始めたきっかけを教えてください。
小学校3年生のとき幼馴染に誘われたのがきっかけです。最初はテニススクールに通っていたんですけど、バスケがあまりに楽しくて、ミニバスへ乗り換えました。父は陸上、母はテニスの選手だったので、両親からすると想定外だったはずです(笑)。中学のバスケ部は私を含め、全員がとにかく負けず嫌いでしたね。1対1の練習では相手に勝つまで何度も何度も食らいついていました。全国3位までいく歴代最強チームになれたのは、そうやって自然とお互いを高め合えていたからだと思います。高校は福島随一の強豪校、福島西高校へ進み、県内1位、全国ベスト16の成績を残すことができました。

-その後、地元福島を離れ、専修大学へ入学されています。関東の1部リーグでプレーをされて、何か変化はありましたか?
自分の中の軸である「勝ちにこだわる」という部分が、「1番になりたい」に変わったのは、大学に入ってからですね。入学した当時のチームは2部との入れ替え戦でなんとか勝ち残るような状態だったんですが、徐々にあうんの呼吸でレベルの高いプレーができるようになり、手を伸ばせば優勝が手に入るところまで成長していったんです。それでも全国1位になれなかったのが悔しすぎて。大学卒業後は、プロからの誘いも断り、全国1位の常連である「秋田銀行RED ARROWS」への入団を決めました。

-全国1位の名門チームでの練習は、どういったものでしたか。
環境はすごく整っていて、練習内容はとにかく泥臭かった。仕事が終わればすぐに練習で、遊びに行く時間も少なく、本当にバスケしかしない生活でした。何か少しでも問題があれば、貴重な練習の時間を割いてでも話し合いの時間を設けていたし、高校を卒業したばかりの選手が、年齢が一回り違うベテラン選手へ対等に意見するのは当たり前。それまで私なりに強く勝ちにこだわってきたつもりでしたが、甘かったなと感じましたね。みんなのバスケに対する思いの強さに圧倒されてしまいました。実は1年目のときは辞めたいなと何度も思っていました。

-かなり厳しい環境だったようですが、どのようにモチベーションを保っていたんですか?
厳しい練習をしたぶん、確かに結果が出るのを実感できたし、だんだんそのストイックな環境が楽しいと思えるようになりました。あとは、全国優勝したときに家族がものすごく喜んでくれたのも大きいです。地元の福島が震災でひどい被害を受けたときも、東京にいる私の心配ばかりしてくれたり、全国どこでも試合があれば駆けつけてくれたり。いつでも私の1番のファンでいてくれる家族を、もう1回喜ばせたいと思ったら、自然と練習に力が入りました。仕事で関わる人に「ニュース見たよ~」など声をかけてもらえる機会が増えたのも、かなり励みになりましたね。

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矢上 若菜(やがみ わかな)
1992年6月5日生まれ、福島県出身。福島西高校、専修大学卒業後、「秋田銀行RED ARROWS」に入団。2015年~2019年には5年連続で全国大会優勝を経験し、2017年には国民体育大会優勝を果たす。2020年からは3x3.EXE PREMIER「BEEFMAN.EXE」に加入。チームに新しい風と勝利をもたらす存在として期待されている。168cm、60kg。

本記事は「We are 3x3」サイトに掲載されております。
https://doda.jp/sportlight/3x3/

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“スポーツ”と“はたらく”の可能性を社会に広げていくためのプロジェクトです。

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