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白血病を乗り越え、ふたたび未来へ明かりを灯す。 松岡 一成/SANJO BEATERS.EXE

2020.04.08
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2015年5月、急性骨髄性白血病と診断された。二度に渡る発症、一進一退の治療の先に待っていた壮絶な闘病生活――。それらを乗り越えた男は今、一度は諦めたプロの世界で夢を追っている。「失うものはないので、今できることを必死でやろうと思った」。病魔と戦い胸の内に湧き立った、挑戦への渇望。新潟の地で再起を語るその言葉には、未来に向けた静かな決意が宿っている。

学生時代のバスケット経験について教えてください。

バスケは学生時代選手だった母親の影響で、小学校2年生のときに始めました。僕は子どもの頃から体が大きくて、6年生で身長が178cmもあって嫌でも目立っていたんですが、バスケをやっているときだけは周囲の目を気にせず伸び伸びと動けたんです。そんなバスケが楽しくて、中学、高校に上がってもずっと続けていました。大学ではサークルの全国大会で優勝を果たすことができ、それなりに充実した学生生活を送ることができたと思います。

プロからのオファーもあったとのことですが、大学卒業後の進路は?

大学卒業時、JBL2(旧日本バスケットボールリーグ2部機構)の3つぐらいのチームからスカウトされたんですが、当時はまだBリーグ発足前だったこともあり、どうしてもプロとしてやっていけるイメージが持てなかった。悩んだ末に就職の道を選ぶことになり、東京にある広告代理店に営業として就職することになりました。そこではビルボードやビジョンなどの屋外広告の企画営業や、工事の日程調整などを行う施工管理などを行っていました。現場に出向くことも多く、朝8時から夜中3時まで仕事することもザラ。とにかく忙しい環境でしたが仕事は楽しくて、忙しさはそれほど苦にならなかったですね。

広告業界で活動されていた2015年、白血病を発症されています。その経緯を教えてください。

前兆は2015年の1月頃、仕事の忙しさがピークを迎えた時期に、毎週土日になると38度の熱が出るようになったんです。最初は平日の疲労で熱が出ているんだろうと思ったんですが、その状態が2~3ヶ月治らなかった。病院へ行っても、内科では風邪だと言われ、耳鼻科では扁桃炎だと言われる。でも症状はどんどん悪化していて、仕事で外を歩いたり階段を上るだけでも心臓がバクバクして、立っていられないほどのめまいも起きるようになりました。

 

そんな状態が続いた4月末のある日、突然世界が真っ赤になった。右目だけで見た景色が赤一色になったんです。後々わかったことですが、そのとき目の中が出血していて、既に血小板が少なくなっていたため自分の出血を止められない状態になっていた。また同時期に、一時間以上鼻血が止まらないことが3度も起き、もうこれはやばいと思って日本赤十字社医療センターで受診しました。結果診断されたのは、急性骨髄性白血病。医師から「今もし転んで頭を切ったら血が止まらなくなって死ぬから動かないで」と言われ、即入院することになりました。

心苦しい質問ですが、病名告知を受けたときの気持ちを教えてください。

白血病と言われた瞬間、頭が真っ白になりました。それまで大きな病気をしたこともなく健康だったし、仕事も3年目で軌道に乗っていて、さあこれからという時期だったたけに本当にショックでした。血液のがんだと聞いて「自分は死ぬのかな」と思ったけど、親にどうやって報告すればいいのかもわからないし、とにかく頭がいっぱいで整理ができない状態でした。

その後、入院からどのような治療を受けられたのでしょうか。

入院後、抗がん剤治療を行うことになり、もし抗がん剤で治らなければ骨髄移植をするとのことでした。その場合、移植前に行う放射線治療の影響で精子が死滅してしまうリスクがあるため、精子の凍結保存をすることになりました。白血病を宣告された翌日に精子を保存し、その翌日から抗がん剤治療が始まりました。抗がん剤を投与すると一度白血球の数が減少し、そこから一ヶ月ほどかけて回復させるサイクルで根治を目指すんですが、それを4回繰り返して徐々に正常な数値に回復していきました。そして入院から5ヶ月経った2015年10月に退院できることになりました。

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松岡 一成(まつおか いっせい)

1990年4月6日生まれ、茨城県出身。取手松陽高、国学院⼤を経て、2013年に広告代理店に就職。営業職として活動していた2015年5月、急性骨髄性白血病を発症。抗がん剤治療を経て復職を果たすも半年後の2016年11月に再発。翌年4月に骨髄移植を受ける。リハビリ期間を経て、地元茨城でバスケスクールのコーチをしながらプレーを再開。2018年末に出場した3人制の大会での活躍を目にした「SANJO BEATERS.EXE」からオファーを受け、2019年4月に正式契約。副キャプテン就任と同時に、新潟県三条市の「地域おこし協力隊」に着任し“半農半バスケ”に挑戦中。188cm、92kg。

本記事は「We are 3x3」サイトに掲載されております。
https://doda.jp/sportlight/3x3/

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